■2007年07月
Ni

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■人として軸がぶれている

先日まで、予定があったり気分が優れなかったりでなかなか日記が書けなかった。日記を書くのはパソコンによってなのでパソコンを開かない限りは日記は書かかないのだけど、そうなると今のようなスケジュールだと日記がつけれない日が多々でてくる。それだと色々困るので、今日から携帯も活用してみている。暇をみて、打ち込む癖をつけよう。


 今日は天気がいいのか悪いのか…空気の感じは昨日と同じだからきっと晴れだろう。晴れなら、もっと青空を見せて欲しいと思うのだが…
 そういえば、ここ滋賀の空は濁ってるなと引っ越して随分経つけどたまに思う。だから曇りかもしれないとか思うのかも…まあ、晴天が一番いいことに変わりはない。洗濯日和こそ理想。


 夏休みに入ったわけだけど、バイトがあるのでやっぱりそれを実感できないでいる。今日で一応折り返し。あと2日頑張れば、2日間休みだ。こうやって、5日間働いて2日休めるだけでも実に精神的には楽なもので、前期はほぼ毎日活動していただけにこの状況はとても健全。休日は、なるべく家で過ごそうと思う。基本的に、人とは会うことはあるまい。快適な引きこもりをエンジョイするにはクゥラーをどうにかしないといけないが…。


 一昨日の晩、地元のK桐から電話があって夏休みに何か撮ろうとのこと。今年も去年と同じく短い帰郷になる予定なのでまたスケジュールぱんぱんで動き回ることになりましょう。逢えない人(仮にこれを水野難民としましょう)が多々出てくるのはいつものことなのですがあまり撮影に時間が取られなけれいいと思う。5日間くらい帰れればいいが…なんだかんだ、こちら(関西)にも夏休みは何かと用があるのであまり期待もできない。


 昨日、バイトが終わってから家で先日放送されたらしいコードギアスの24、25話を鑑賞。絶望先生のOPに次いで面白かった。特にオレンジ。言葉の言い回しの勉強をしようと思った。狂ってはいても、言葉の印象というのはとても大事です。だから、なるべく狂おう。今月の努力目標ですこれ。もう今月は終わりますが。
 こんなことを書いても、知らん人はなんのこっちゃだと思う。金魚としても、全力で説明する気などさらさらないので、馬鹿の一人よがりだと軽蔑してくれても構わない。そもそも日記そのものが一人よがりだろう。金魚に限った話ではない。


 地味に反省していることだけど、こう日記をつけたり、平気で部屋に他者を招き入れたりする行為にはそもそも意図として自分への理解を促すことと、それによって金魚と関わることに負荷をなくそうとしていたのだ。だから、なるべくつつみ隠さず話をしていた。理解は幸せっ。
 でもそれは、自分自身を他者が分かりきった風になる、つまり、自分に対する評価というか、基準ができてしまう。この人はこういう人だという評価。こういう人だから、こういうことができる、任せられる。などなど。最初は、これはスゴイと思ったことも、一定期間経つと廃れる。当然ながら、これは他のことにも言える。
 それを回避するには、それに加え新たな何かを提案していくというのが普通の考えだろう。そうやって、人を飽きさせることなく先導していけるのだと思う。分かり切ったことをやっていくのは、見ていて退屈だ。

だとしたら、最悪だ。
だとしたら、なんで気付けなかった。
だとしたら、滑稽だ。
だとしたら、すぐにでもやめよう。

 と、今更ながら隠すことの重要性に気付いていやはやどうしたものかと思っている。こういうことが起こることを先だって見越しておくべきだったものを、もう手遅れな感じがどうもある。こんなことが好きだ。こんなことが嫌いだ。そんな単純なことでさえ、知られてしまうということは退屈を招く要因になる。これはネガティブな発想かもしれない。相手を知ることで会話が広がると思っている方には合わない考えだと思う。しかし、知りすぎると、会話はなくなってしまうのだ。
 ということは、今の自分はどうだ。同じネタを数年やり続けてもう面白くもないのにやり続けている流行芸人のように滑稽ではないか。うわぁ、なんたる吐き気。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 あまり無駄に喋り、見せるものではないね。強くそれを思う。だから、これからはもっと慎んで行動しよう、人と関わろうと思う。
 つまり、その、ここしばらくの間、どこからかは慎んでるため言いませぬが、なにかとちょっと冷静にみればおかしい文が混じってます。嘘は書いていませんが、少し開けきらず書いている文章が多々あります。ここまでは言って良い。ここからは言っては駄目。というのが、結構シビアに判別されています。そういうニュアンスをどうにか今後は大事にしたいものです。知らないの一点張りもまた一興なり。



それでは
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■オチル オチル

いい感じに生活リズムが整ってきた。8時前くらいに目覚ましがなるより早く起きる。いい調子。小M曰く、今日から梅雨明けだとかなんとか。どうりで、今日は思った以上に撮影日和。・・・まあ、今日は撮影ないけど・・・。この天気があと一日早く来てくれればなぁと切実に思った。


 昼前から学校へ昨日撮影したデータの取り込みとレポート課題の提出をしに行った。これだけの作業であれば、1時間もあれば終わる作業。余裕余裕。なのだけど、そうもいくはずもなし、金魚のレポートは周囲の皆様にたらい回しにされサンプルとして扱われるため、それの返却を待ちながら映像を取り込む形となる。結局、そのためだかなんだかで3時くらいまで取り込んでしまった映像の編集をしていた。
 映像の繋ぎにはまだまだ粗があるけど、半分くらいはとりあえず繋いだ。割と周りの反応がいいのは嬉しいことだ。撮っていて、これは繋がらないんではないかと思われるのもいくつか想定されたけど、これが案外繋がってくれている。
 編集では、カット間に対してシビアな判断が求められる。やたら無駄が多くて見飽きてしまうという学生作品にありがちな無駄な長さを大いに削る必要がある。自分らではこの間の説明は重要だという判断が、客に受けるとは限らない。客を退屈させてはいけないのは見せる立場としては当然の心得だと思う。そういうわけで、編集段階でいらないと思われたカットも、間も、全部ひっくるめてどんどん消していった。およそこれ以上削りようがないだろうというところまで編集できればいい。そのせいかだいたい、20~30分あるだろうと思われたこの映像も、10分前後になりそうだと現時点で判断。
 明日明後日で、取り直しと編集を終わらせないといけない。仕事量としては十分にまだ余裕がある。目標としては水曜の午前中には完成させたいと思う。そう計画すると、明日の朝からはかなりシビアなスケジュールになるだろう。徹夜してでも頑張ってみよう。こう計画するのは、予期せぬイヴェントがあっても問題なく処理するためだ。



 実写映像をやってて強くここが駄目だと思うのはその融通のきかなさにあるとこれは以前からの金魚の考え。もし、必要な、望む映像をつくりたければそれだけの資金繰りが必要になる。ハリウッドレベルの資金調達ができればそれこそ優秀なスタッフが望み通りの設備投資によって力を発揮できるためそれだけでも作品の質が上がることは明確だ。
 しかし金魚のような学生には正味な話このスタッフをどうにかすることさえも難しい問題だったりする。少なくとも、この大学ではどこかの分野に特出した専門の人材がいない。これは学校の方針とは異なるベクトルにあるからそうなってしまうのだから仕方のないことだというのは2年になる前くらいに気付いていた。仕方のないことだから他からスタッフをどうにかしようなどとも考えた。とにかくその時はやってやれんことはない。やってやると思っていたのだ。
 2年になってだいぶその考えかたが落ち着いてきたと感じる。どうでもよくなったといえば聞こえが悪いが、つまりはそういう話なのである。いないことを嘆くより、いないぶんおまえが動けばいいという考えがそれである。先にも述べた通り、実写映像は融通が利かない。条件が揃わなければ撮影できないし、もちろん登場人物がいるのなら、彼らの働きも計算に入れないといけない。スタッフの場合もそうだと思う。
 自分の作品をどうにかしてつくりたい場合、トータルプロデュースが必要になるので、その負荷の大きさといったらない。ほとほと気がやられる。こんな作業を全部こなして、条件がそろうことばかりに神経を使っていたら4年間なんてあっという間だ。もっと機転を利かせて行動しなければと最近思う。


 とはいえ、そこまで実写映像をつくることに固執する金魚でもない。条件がいいのであれば、そして可能性があるのであればどこにずれても同じであると思う。いきなり、アニメをつくり出すことも十分に可能だと思う。なめて言ってるわけではない。それが必要ならそうするまで、そうするだろうという話である。もっとも効率的な判断をしなければやってられない。自分がやってることがいかに今は回り道であっても、結果的に最前列を走れれば問題はない。それに、あくまである程度の安定を、そして充足を見越してやってることなのでここで一気にずれても後悔はないだろう。とりあえず、金魚は言うほど熱心な実写映像を学ぶ学生ではないのでもし勘違いがあれば訂正をお願いしたいと思う。
 映像を学ぶために大学に入ったのは、そしているのは一時的な衝動というのが大きい。それに比べて、本を出したいとか、画を描きたいというのは、普遍的なものなので、どっちかというと、後者のほうが金魚にとっては実は魅力的な創作活動だと言える。それに、そういうスタンスで映像をつくったほうが、映画マニアの自己満足にならなくて済むだろうとも思う。なんにせよ、吸収できるもんはどこからでも吸収できるので、適当に生きていれば、どうにでもなるでしょう。




それではおやすみなさいまし

■人間失格

今日は予定通りどころか予定よりほんの少し早く起きれた。すぐにやらなくてはならないことと特別すぐにやらなくてもいいことを身体は理解しているようでこういう時はちゃんと起きられるらしい。
 天気は曇っていてどうも撮影日和というにはほど遠い。照明機材を借りていないし、そういうスタッフをいれていないのでなかなか不安な感じ。そういえば、自分の何かの撮影の時には、晴れた試しがない。いつも曇りか雨。
 金魚はどうも水難の相がでているそうで、これが災いしていると勝手に推測。水難の相がでているとはいえ、水が好きなのは、単に名字に水が入っているというそれだけのことであり、水から起こる事象などは全く関係のないいわゆる刷り込みというもの。そんなくだらない刷り込みがいくつか存在している。珈琲を飲むと起きていられる気分になるとかがいい例だろう。カフェインの含有量はあまり関係ない。どんな量でも、飲めばだいたいそう思うのだから。


 今日の撮影、9時半に集合して10時から撮影という予定だったのだけど、この時間設定はあくまで予定にすぎず、希望にすぎない。だいたい、10時にみんなが集まればいいくらいに構えていたが、それでも甘かったらしい。10時ちょっと前には○氏以外全員がまだ来ていなかったので1人1人連絡してみると、ほぼ全員寝ていた。このときは本気で課題が危ないと心配した。


 集合時間に遅れると怒る人の話はたまに聞く。だいぶ現代になって寛容になっている傾向があるとはいえ、やはり待つ側は自分の時間が浪費されるのだから怒ることも十分に想像できることだろう。それがビジネスであればなおさら。ただし、金魚の場合、それくらいのことで怒ってしまうのは神経の浪費だと思うし、神経の浪費はその時の時間の浪費なんかよりもっと無駄だと思う。寛容に受け入れて、少しでも反省が見られればオールオッケー。でもまあ、謝られても困るのでなるべくこちらから何か予定を立てるときは時間設定を曖昧にしている。何時前後までにきてとか(後をつけるのが大事)、何時周辺にとか、そんくらいのニュアンス。まだ仕事上の付き合いというのはないですし。それくらいで怒るのかよと突っ込まれるようなお堅い男子にはなりたくないものだと思う。


 それで結局全員が揃ったのは11時くらいで、そこから一気に撮影を推し進めた。時間がどうしても圧してしまったということもあるし、日が暮れる前までに終わらせたいというのもあった。なにより雲行きが妖しい。案の定。撮影が終わってちょっとしたら雨がひどく降ってきた。なかなかのふざけたテンションで、ふざけた演出がどんどん加わりながら撮影は進んでいき、4時半くらいにはだいたい、今日撮れない部分は除いて全て撮りきった。成せば成るものである。これを編集の妙技で上手く繋いで笑いを誘えれば万々歳だ。なんとかあまり付加なく夏休みを迎えれそうだ。だからあと少し、頑張ろう。


 家に帰ってからは結構朝起きたのが早かったせいか眠気が襲ってきてついさっきまで眠っていた。こうなると、一日の生活がいかに睡眠にもってかれているかよく分かる。多分、一日八時間以上は確実に寝ているのだろうと思う。これを書きおわったら、ほんの少し作業してまたすぐ寝るだろう。明日は課題の提出と映像の取り込みくらいしか特別やろうと思っていることがないので昼くらいまでは寝れそう。だいぶスケジュールに余裕がでてきた。この調子で後期までには自分にのしかかってるものをなるべくたくさん取り払えたらいい。



それではおやすみなさいまし

■青色金魚

課題やらなにやらの積み重ねで一日の生活リズムが崩れかけていた最近でしたが昨日かだんだんもとに戻りつつある。明日は撮影なので計算上はちゃんと起きれるつもり・・・だと思う。明日起きれなければ、色んな意味で死亡です。
そんな今日は10時起床。天気が悪い。曇り程度だけど、パラパラ雨が・・・あまり外にでていないので観測時間の程度は知れているけど、これが明日に響かないことを大いに祈る。


昼すぎから学校へ学食と映像の編集をしに。
もうほとんどのクラスでは合評が終わって、夏休み突入な感じだそうで、そんな一部を取り残したまま学校はすっかり夏休みムード。食堂には知り合いの1人すらいなかった。珍しい。
飯を食べたあと、コンピュータルームで編集。別に家でもできるけど、食堂ついでというなんとも不謹慎な理由でココで編集することにした。処理能力は自分のPCと良い勝負だと思うけど、ディスプレイが大きいのが嬉しい。あとはPhotoshopがCSじゃなくてCS2だったらあまり文句はないのだが・・・早く対応してほしい。Effectも早く7.0にして欲しい。旧型のインターフェースはとっても使い辛いのです。


課題も残るところあと二つということで、今日中にこっちのほうの(水を題材にした映像課題)を終わらせれば、あと一週間は完璧にドラマのほうにのめりこめるはずということで結構急ぎ足で頑張った。途中で小Mが現れたけど、話の半分は聞いてなかったし、無視してたと思う。小Mはしかとに慣れているのでまあ問題なし。順調に作業は進んで、予定通り、コンピュータルームを閉め出されるちょっと前に完成。とりあえず提出できる形にはなった。
とりあえず提出できる形であればもうそれだけでなんでもいいので、単位がもらえさえすればそれでいいので、それなりに粗がある。ここはきっと指摘されるだろうという場所は大方予測できるので、合評で何を言われてもきっとあとの祭りである。
合評で、ああ、ここを直せばもっと良くなるんだとかいうのを再発見していては遅いと感じる。まあ、ひとそれぞれのペースというのはあるようだけど、その前に先に進めるのであれば進んでおくのが賢い選択と思われる。後手をとるのはよくない。



合評で、単に良かったと思います。とか、分かり切った改善点を言うのはかなり意味がないと思う。どこぞのレビューなんかも、これを読んで果たして誰が購買欲を誘われるのか?というものを多々みるが、それと同じ。そこまでは自己満足の世界なのだと思う。評価する側はそこは盲点だったと言わしめるコメントを残したほうがいいし、そうすることで合評はきっとよくなる。と思うのだけど、実際問題それはキットできていない。金魚もたいがい、適当なことを言っているし、それと同じで本気で指摘し合おうという姿勢はきっとないのだろう。それはそれで良い傾向。合評としては価値をなさないけど、誰かに言われるまで判らないような人は、きっと自分じゃあんまし気付けない。いい意味で、純粋ともとれるが、それはいつまでも通用する問題でもなし。


家に帰って映像の確認をばとテレビをつけたら時をかける少女がやってた。ああ、そういえば今日か。完全に忘れていた。見なきゃ見なきゃと思って、結構先送りになっている本作品。そういってそのままずっと見ることを忘れてしまう作品が結構ある。鉄コン筋クリートもそういえばもうDVDがでたけど、あれもまだ見ていない。どうにかそれらを近いうちに無理矢理にでも見る時間をつくんなきゃいけないと思う。鉄筋はF子が買ったらしいので今度見せて貰おうそうしよう。




それではおやすみなさいまし

■だうでもいい

昨日は時間がなんとなくなかったので日記は書けず。課題もだいぶ大詰めにさしかかり、めんどくささも増すばかり。天気は昨日今日とよさげでやっと洗濯物を干せた。1人暮らしともなると学校生活、バイトに加え普通の生活もきっちりこなしていかないといけないから1人あたりにかかる付加は計り知れないだろう。金魚の場合、食事をつくる時間がそういいながら半年くらいストップしている。


肩が痛い。今日は昼起きで、起きた頃にはいいともは終わっていた。学校へ行く用が特別なかったので家で作業。シナリオの課題を終わらせる。これは予定通り、3時間程度で終わった。書き始めれば書けるものだ。計5000文字ちょい。思案する時間が結構長かった。


が、シナリオの場合になると途端会話を描く瞬間に書く速度が上がる。話なれているのであれば受けと答え、を上手いこと組み合わせていけば、というかその組み合わせにお話ならではのスパイスを入れていけばいいわけだからそれで話は進む。
よくキャラクタに勝手に動いてもらうとあるがホントにそうだと思う。自分なりに構想があっても、キャラが立つと途端その構造は崩れる。キャラが1人歩きした証拠だ。そして、キャラが一人歩きすると、さらにそれに関わるキャラも発想の中から出てくるから、関係は必然として生まれる。こういう原理は人間社会でも通用すると思う。
もし物語に、なんのとりとめのないキャラが関わることがあるとすれば、それはどれだけの違和感になることか。
もし普段の生活で、理由もなくきっかけもなく人と関わるとすれば、大変な違和感だろう。昨日まで知らなかったが、今日は親友だったとか、画として不自然だろう。
だから、書き始めれば書けるものなんだろう。なんにしても、書き始めは非常に重要だ。



なにはともあれ、これで授業課題はあとは映像制作のみに専念するばかりとなった。あと期限は一週間ある。編集に懲りすぎなければだいぶ余裕のあるスケジュールだと思う。ここに新たな予定さえ入ってこなければそれでOKなんとかなる。あと、気がかりなのは天候の悪化くらいなものか。



一昨日、Mつんがうちに作業をしにきているときに、金魚は暇だったのでがっつり読書をしていた。最近になって読書に費やす時間が増えているのは大変いい傾向。ナ・バ・テアを読み終えた。紐がほどける感覚が更にもまして心地よい。次はダウン・ツ・ヘヴン。もうすでに手元にある。スカイ・クロラ映画化の影響でネット通販では売り切れ続出でマーケットプレイスなどで倍くらいの値段で取引されているらしいが、普通に本屋に置いてあったので良かった。多分これを読んだらしばらくこのシリーズは文庫化を待ちつつお休み。次はなにを消化しようか思案中。今まで読んでなかったぶん、読みたい本は山のようにある。たぶん、うちの部屋もやまのような本にいづれ埋まるだろう。



捨てる神あればもらう神ありという言葉があった気がする。例えば恋愛なんかで良くこの感覚は覚える。学校でも街に繰り出しても、同じくしてこれを感じることはままある。世の中、面白いカップルで溢れているものだと思う。なんであんな人に?と思っても、それでもくっつくものはくっつくのだ。不思議なものである。どうやら恋愛は常に相対的に評価できる品ではないらしい。


だのに世の中には恋愛小説やらマンガやらが蔓延する。これは何故だろうか。主体的な要素なのに、相対的な意見を多く欲しがる。不思議だ。もちろん、人間の恋愛に関する興味が計りしれない要素になっているからだと思う。金魚だってそれなりにそうだ。しかし、最近本屋などで恋愛小説専門雑誌だとか、今年こそは絶対彼女をつくるだとか、そんな名文で売られている雑誌なんかを見てみると。そんなに例や文法が知りたいかと思う。なんだかんだ、自由恋愛といって、思考が偏りがちになっているのではないかと思う。こんなことで幸せな家庭が築かれるとでも?だけど、メディアは儲かるからそれをしたがるし、ユーザは求めるから量産される。
もちろん、要素としては必要なものではある。蔓延するのがどうかと思うという話である。


若いうちは沢山恋愛をしたほうがいいなんて言葉も聞く。これもどうかと思う。そんな不特定多数と関わることでしか理解できない問題なのか?経験不足な金魚には理解しかねる。なんて書くとやっぱり沢山こなすべきと言われるかもしれないけど、だからって、誰かと付き合う前からそんなこと言ってたんじゃ、はいいづれはあなたとは別れますよ、別れるかもしれませんよと言っているようなものだと思ってしまう。世の中の人たちのこんなことを言ってる人はどれだけ軽い気持ちなんだと疑ってしまう。責任を言い逃れしているようにも思う。そこに本気があるなら是非それについて小一時間話し合ってみたいものだと思う。金魚は、少ないにこしたことはないと思ってる。必要な別れはあるかもしれないが、それを防ぐことも十分にできるだろう。今の社会ならそれが十分可能なのではないか。



と、たまにはこういう話をしてみましたが、実際問題自分の経験がどうだったとかはないのでどう思われるか知ったことではありませんし、現在の金魚の状況がどうとかも全く語りませんので悪しからず。




それではおやすみなさいまし

■文学少女かく語りき

れからMつんが家に課題をしにくるそうなので今のうちに。その間、自分の課題はおあずけ。全力で眠くなるまで遊ぼう。


 今日は13時頃起床。12時間以上寝たせいで逆に眠い。頭が痛い。この頭痛が一日中続いていて辛い。課題が終わったら生活リズムはしっかり改めないとな。
 天気は相変わらず悪い。昨日みせてくれたほんのささやかな青空を半永久的に見せて欲しい。おかげでこっちは活動する気も起こらない。服も洗濯できない。


 撮影用に通販でお面を10種類くらい買ってから、一応予定だった西洋美術史のレポートを完成させるべく学校へ数時間ばかし出かけた。見れば見るほどメンドクサイ課題である。
 さっきまでちょいちょい他のことに手をだしつつなんとかあとは出力するだけの状態にもってった。残りの課題はシナリオと映像2本だけ。だいぶ肩の荷が下りてきた。まあ、他人の課題もやらなければならないので、また増えるかもしれないのだが(さっき一個増えた)・・・


 それから周辺のお店で映像用に必要な道具などを取りそろえてきた。結構な出費。一ヶ月ちゃんと生活することを考えたら少し金銭の使用を控えなければいけないなと思う。貧乏というのは常に邪魔にしかならない。貧乏で得した事といえば、気持ちの問題くらいだろう。それなりに頑丈に育ってるつもりだ。あくまで、つもりだ。
 途中立ちよった本屋で絶望先生の最新刊を購入。一時間ばかし読み老けて時間を潰す。相変わらず面白い。この人はどうやってこれだけの情報を頭の中で整理しているのだろうか。一度後ろについて歩いてみたい人だ。


 嗚呼、もうそろそろMつんがくる時間だ。あと少し書いて去ろう。


 毎日日記を付けている人が一日あたりにかけている時間はだいたいどれくらいなのだろうか?そういう素朴でなかなか知ることのない疑問というのを知りたくなることがたまにある。
 金魚の場合、最近の傾向をみてみたのだけど、だいたい一回の日記あたり2000字前後。考え事や全く別のことを考えていることも付加して、これだけの作業にだいたい1時間かからないくらいだ。というか、1時間以上に日記に費やすのは大変もったいないので、それくらいの時間になったら無理矢理にでも切り上げるようにしている。ただ、書くのは楽しいのでできるだけのことを毎度書けるように日々努力(ほどのものでもないが)しているつもり。相変わらず、文章力はない。
 小説家のブログなどを見ていると、これだけの文章をこんだけの時間で書くのかと大変驚かされる。世の書き手たちは自分よりすごいテクニックをもって克つ更に創造力と構成力も長けているのだから驚く。真似したいと思って真似できる技術ではない。これはもう、書くしかない。考えるしかない。ライターになれるだけの実力が欲しいというのは常日頃から思っていることだ。
 それでどうすればいい文が書けるか模索するもののそれが良くわからない。定義がないのだ。
 文章構成というのは時代とともに廃れるものでもないが、発展するもので、昔読んでいたものと、今読んでいるものでは確かに書き手にも違いが生じてくる。感情の面もそうだが、それ以上にメディアが求めている文章力というのがあるのだろう。それはつまり社会情勢の変化というわけ。こういうことについては少なくとも高校生までに受ける国語の類では教えてくれない。国語ができるひとはいい文章が書けるというわけではどうやらないようだ。だから、何を参考にしようにもどうしようもないのが現実だと思う。ひたすら書けというのはだからなかなかいい文章力上達法だと思う。実践というのはどの分野においても重要なファクタだ。
 こうワープロ機能が普及して間もないが、これによって書き手の表現力が随分変わってきたなと感じる。書く場所が、紙ではなくキーボードに変わったためだ。キーボードを使うと、頭から出た言葉をそのまま打ち込める。考えて構成を確かめる工程が結構省かれがちになる。金魚の場合もそう。だからこそ書き手には潜在的な文章構成力が求められるわけだけど、昨今の文章の氾濫はそれを担えて言えるのかどうかわかった処ではない。
 そういう意味では、携帯小説なんかはどうなんだ?と思う。読み手の質が下がったというと、作家が、わからないやつが悪いといっているのと同義に扱う輩がいるが、決してそうではない。わかり易いだけが、作家の本質ではないのだから。それでも読めない文章というのはたまにある。これもそうかもしれない。


しまった、あと少しと書いてそれを書く前以上に書いている。軌道に乗ると文章はさくさく書き進めるのだけど、読み返さないので結果的にまとまってくれるかが全然わからない。よく後で後悔することが多いので、この癖をなおすことは今後の課題である。



それではおやすみなさいまし

■最後の結末

 今日は台風の後もあってか素晴らしい快晴。あんまり天気が良いので布団を干して家を出た。
・・・そもそも、それが間違いだったのだ。


 午後になるくらいから天気がだんだん怪しくなってきて、パラパラ雨が降ってきたなと思ったら、それから雨は馬鹿みたいに降り続いていた。家に帰った頃、案の定、服はびしょ濡れになっていた。ご愁傷様。お陰で今日は布団にくるまれない。癒しが一つ減って残念だ。



 午前中は一限と二限にかけてテストで、前日にほんの少し目を通していたのでなんとか、というより結構余裕で解けた。毎日のように日記をつけたりしているこや、最近の活字ブームはレポートやテストの際に大きな役割を果たしてくれている。少し読めば、大抵のことは処理できるようになるし、一つの単語があれば、それから結構色んなことを連想することができる。経験が伴ってこその業だと思う。
 とはいえ、こういう論述がある程度書けるようになったのも(良し悪しは別として)、パソコンという大変便利なものがあったお陰に他ならない。パソコンが無ければいちいち文章なんて書くのは億劫だし、その他の役割についてもアナログのほうが何かと手間がかかる。
 金魚の場合、大学生活の大半がこのパソコンがあることによって上手く機能している。同時に、パソコンで処理できるようになった問題は、アナログでやったときもそれなりに意味を変換し、処理することができるようになってきたと思う。ただ、手間がかかるのに大変いらいらするのだが・・・。
 もしパソコンがなかったらなんてナンセンスなことを考えるのもアレな話だけど、パソコンがなかったらそれこそ劣等生丸出しだったと思う。日記なんかは、キーボードがあったからこそ書けたものだ。
 高校の時までに出していた読書感想文などは本当にひどかった。段落ごとに無意味な考察に至らない考察が続いて、「~と思います」を滝のごとく連呼していたことを記憶している。まあ、読書感想文を書けといわれて書くのは、今本当に読みたい本であるわけでもないし、ましてやその本を誰かに紹介したいという気持ちもないので、書こうと思ってもなかなか書けないのは当然といえば当然の話だけど、それにしてもそれまでは本当にひどかったのだ。まだ、今のほうが幾分ましになったと言える。


 午後からは図書室にて西洋美術史概説のレポートについて必要な事項を調べていた。それにしてもこの課題、やっていて確かに勉強になるとは思ったが、何故そうまでして百科事典を使わなければならないのか。
 今現在はネットが普及してほんとに便利な世の中になったと思う。大人たちはそのせいで子供たち仁自ら行動して考える力がなくなっていると嘆くし、ゆとり世代に対し馬鹿にしたりするけど(ちなみに金魚はその世代にはあたらない)、google先生だって、コピペディア先生だって万能ではない。調べなければいけないことは、様々な方法を使って調べる。ネットで無理ならば、当然その時は百科事典などの資料を手にとるだろう。
そもそも問題なのは、まず自分で調べないですぐ誰かに聴いてしまうことくらいなもので、調べるという工程はネットを解しても同義だと思う。
 個人の能力を尊重するとか言って、調べる矛先を限定してしまうのは単なるエゴ。私の時代がこうだったとか、アメリカではこうだからとか、そういうのを押しつけるのはやめてほしい。自分には、自分の考え方、方法論があるのだから。
 ほら、今日だって課題をやりたい学生が他にもいたかもしれないのに、金魚が百科事典の索引を全部持って行ってしまったではないか。方法が限定されると、予期せぬ迷惑というのも起こるものだ。


 前期も終わりに差し当たって、そのような限定された環境下で迷惑被る学生というのが多く見受けられる気がする。特にコンピュータ関係。
 施設利用に関してはうちの大学では一部、ライセンスを使用して、わざわざ予約を取らないと使えない部屋がある。ライセンスによって、パソコンの使用者を明確にして、悪戯されないようにするためだ。
 しかし、学校が保有するパソコンの台数及びアプリケーションについては、此処に差があり、バージョンの優れたものほど少ない傾向にある。他の大学はどうか知らないけど、うちの大学の場合はそんな感じ。課題提出前になると、そのバージョンの優れた部屋、そのアプリケーションが入っている部屋というのは予約でいっぱいになる。その予約も取れるのは次の日のぶんまでだそうだ。なんとメンドクサイ。予約がいっぱいだと、残念ながらその日は施設を利用することができない。
 この時期に、その日は残念だから施設は使用できないなんて自体が起こってしまうと、最悪の場合、課題提出に間に合わないかもということも推測される。学校側はできる限りの技術提供をしているらしいが、それに対して学生の割が合っていない。
 学生というか、人間の多くはぎりぎりになってから物事をこなすものだ。やりたくないことほど、後回しにされる。先だってこなせる器用な人間ほど少ない。子供の時から、夏休みの宿題を先に終わらせて、残った夏休みでいっぱい遊べばいいと再三言われてきたが、今まで夏休みの最後が潰れなかった話はない。こんな夏休みが子供にとっては常識だったし、大人社会だって、それは比重のかかり具合の問題で、だいたいそれと変わらない。そんなことは、これまでの人生やいわゆるアンケート調査における実体、メディアの陰謀などで十分推察できる域だと思う。大学生に甘えが許されないのはまあそうだけど、人間の行動がそのような性質を持っていることは、現場は常に把握するべきで、それに対する処置を少しは思案する必要もあると思う。学生のうちに優れたアプリケーションを入手できるというのはごく希だしね。
 ただ、学生自身も、もっと先だった行動を心がけるようにしないとねってことは認識しておいてもらいたいものであるが、まあ最終的には自分のほうにそのツケがまわってこなければそれでいい。



 それから本屋に行って会田誠の作品集に見とれる。立ち読みで全ページ読みふける。この人は天才かと思うし、自分ももっと画を描かなければなという衝動に駆られる。買えるものなら買ってしまいたいが、いかんせん今月もAmazonで買い物したせいで早速金がない。しばらく持ちこし。いつか家における日を心から楽しみにしている。



それではおやすみなさいまし

■還るべき場所

DVDを見ていたらいつの間にか寝ていた。昨日の予定は達成できず。明日はテストなのでそれらは後回しにせざるを得ない。
朝起きた頃には台風が去ったようでそとは日が差していた。天気予報は見ていないので、今台風がどこにあるのかは知らないが。
とにかく晴れてくれて良かった。外にでるには気候はいいほうがいいにきまっている。いつもはぎりぎりまで寝ているのだけど、今日は少し早めに起きて少しだけ行動。


パノラマ島奇譚をようやっと読めて感動している。ただ、月刊連載なので来月まで待つのが億劫でもあり、月々のほのかな楽しみの一つのなって喜ばしくもある。早く続きが読みたいけど、読めないというのはいい衝動となって作者氏に還元されるであろう。が、金魚一匹から入る印税などたかだか知れているが。


今日も昨日と同じくバイト。
駅とかで浴衣姿の女性を多く見かけた。浴衣にはほとほと弱い。制服の次の次くらいに好きだ(で次は何とは聴かないでくれ)。こんなことだけで金魚の一日は結構晴れやかになる。
ただ、浴衣だから誰でもいいわけではない。浴衣も着る人を選ぶのだ。当然、おかっぱもボブも、制服も。身につける人を選ぶから尊いんだ。そうでない人は、違和感でしかない(いいすぎ)。
多分、というかきっと祇園祭に行ったのであろう。昨日は台風の影響でさっさと片付けにはいる出店などが見られたようだけど、今日はこの天気だ、前年と同じく、か昨日の今日なのでそれ以上に活気づいていたと思う。ただ、ニュースとかみたわけではないので、ただの推測に過ぎない。


それでも台風の影響で電車が少し遅れてきた。出勤ぎりぎりでバイトに出向く金魚としては死活問題である。
ここでJRが遅れれば、次の京阪への乗り換えが数本遅れるかもしれない。だとすれば遅刻確定だ。
自分が寝坊したり忘れていて遅刻してしまうのは当然自分に責任があるので仕方がない。だからないように心がける。
だけど、自然の猛威というやつは気まぐれで残酷で、こっちの空気など読めやしない。自然からすれば、おまえが読めよ。だと思うが、どうしてもいたたまれない。JRを責めようにも、また山手線が止まりましたねな自体になってもらっては困るので、当事者になってはこまるので、安全運行は心がけてもらいたいわけで・・・
まあ、全力で駅から駅を走ったので遅刻はしなかったからよし。
台風の影響で、今日は120ページ本が進みましたよ。なかなか最近いい調子。



平成風俗のDVD、一番最初の文のとおり、まだ全編見終えてないのだけど、チャプター1のギャンブルだけは、隙あらばずっと流している。曲が好きというのはもちろんあるが、それ以上に映像がいい。万華鏡のようなイメージに制服の少女が佇み、浸食されていく。そんな感じか。アニメ作品。


こう書くとどうせ制服がいいんだろと思われるかもしれないけど、そうではない。アニメーションとしての動きはほとんどないのだけど(佇む少女は4枚くらいの画かな)だけど動きを感じる。躍動感がある。
何故かと考えてみれば、これが2Dアニメーションを模した3Dアニメーションであること(多くの人はなんのこっちゃと思うだろう)。それによって生じる被写界深度の関係。単純なイメージの奥行き、カメラワークとかライトとかそんな処だと思う。
3次元平面上(Z軸のある場所)に2Dの平面画像を配置しても、Z軸の大きさによってその見え方が異なる。これは当然のこと。平面作品で行われるパースというのもこのZ軸の考え方を平面に応用した技術だと思う。


3D作品においては、このZ軸の構造が大きな役割を持っていて、この方向がずれれば同じ画でも見え方は全然異なる。これは光がそこに生じ、ピントがずれるため。ただのベタ塗りの画一枚だってそれだけで違う効果を出すことができる。
最近のアニメでも、After Effectによる光の処理が多くで見られるようになった。これは大変よい傾向だと思う。
ただ、どうしても、これはアニメの場合に限ったことではないが、被写界深度の関係を無視している。いや、それをするにはせざるを得ないくらい労力を費やすものだから無視してるわけではないのだろうけど、世の中はそういう作品ばかりだと思う。
去年の後期の映像などでは特にそれが著しい。陰影がないから、のっぺりみえる。奥行きを意識した構図がとれないから、のっぺりみえる。オートフォーカスだから、のっぺりみえる。テキストは前に押し出しただけだから、のっぺりみえるなどなど。
金魚は奥行きを感じる作品が好きだ。一枚の画の中に、何重もの構造が転がっていることが。そして、その構造を読み解くことが。
大抵、それは読み解けるものではないが、それは自分の技術不足だからで、これについてはいづれ自分の技術をもってして補っていくしかない。
多くのプロの映像作品にはそういう要素がいくつか転がっている。ただ淡々と普段みている企業CMとかにも、とんでもない手間と労力、発想が用いられているものだ。あなどることなかれ。


ともかく、ただの平面がZ軸に対し例えば三つ(いくつでもいいが)の位置関係として感じることができるというのはこれは応用がもっと利くのではないか可能性を感じてしまう。
後期では何やら3Dの授業があるそうだ。今CGアニメクラスが頑張ってやってるあの課題と同じだろう。
できればそのとき、こういうことを作品に生かせないか、イヤ、使えば生きるだろうがとにかく、どうにかいい使い方が思いつけばと思う。



それではおやすみなさいまし

■迷彩

台風が近いようです。ていうか、台風が近いとか遠いとかそういうことは大した問題ではなくて、要は雨が降っているか降っていないか。湿気が強いか強くないか。風が吹いているか吹いていないかとか、そういうことが問題であって、気象庁が観測したデータなんで別にあんましどうでもいいんです。
だから金魚(これからは一人称を私ではなく金魚にするのでよろしく)は一切その手の情報を自分から得たわけではなくって新聞もテレビもそういった気象情報には全くといっていいほど目をむけていない。誰かから聞いてしまったことと、やむを得ず目に入ってしまった情報だけなのです。
お陰で洗濯するタイミングを逃していよいよ着る服がやばい状況なのですが、唯一こういう処がアナログちっくな生活の名残なので効率的ではないにせよ続けていこうと思う。
それに、ほっといても誰かに聴けば入ってくるような情報、誰かが話してくるような情報ほど、わざわざ自分で時間を割いてまで調べる必要はほとんどないわけで、みんなが金魚のような行動にでてしまっては当然困るのだけど、ごく少数がそういうスタンスでいるのであれば問題なく社会は機能するのでこういう考え方をしている。それに、その情報が個人的に必要な場合なんて、それこそごく希である。


それにしても祇園祭りのほうは大丈夫なのだろうか。そればっかしは少々気になる。



今日は一日中バイト。
浜大津周辺はどうにもダイレクトに風がくるのでこれだけが厄介。
それはともかく、バイトに行く直前あたりに先日注文したAmazonから荷物が届いた。久しぶりに結構な大きさの段ボール。少し気分がいい。
先月先送りにした平成風俗大吟醸のDVDを身支度をしながらちょっとだけとばしとばしに観る。特典で値段をつり上げてる感がどうも否めない装丁のご立派っぷりだけど、結構いい買い物をしたかも。それだけ、DVDの内容に関しては個人的に価値があると思う。なにせ映像制作はP.I.C.Sだ。一枚に14曲もそのPVが納められているのだからしばらく飯を減らしても後悔はしないだろう。
そのほかのブツに関してはまだ全然といっていいほど確認がとれていない。これから朝にかけていくつか軽く目を通すつもり。
一冊の本に限っては、バイトの行きと帰りで100ページ読んだ。土日は電車の待ちがやたら長い。湖西線は電車を倍くらい運行してくれればと思う。これは不便すぎる。バイトが10時に終わったのに、家に着くのが11時半なのだから。



ここ数年、よく自分に対して、愛想がなさそうな人、人間が嫌いそう、人と関わるのがイヤそう、自分から他者から離れている。
とかなんとか、なんとも人と関わることが嫌いそうな人間であるという印象だったという発言を何度か聴く。端からみたら、金魚という人間はそういう人間らしい。まあそれは、今に限ったことではないし、現在進行形でそれは続いている。多分、バイト先のフロアの人とかにもそう思われているだろう。
一時期はそれに関してそんなつもりはないんだけどなとちょっと如何に思っていたのだけど、最近はそれをちょっと前に押し出している。
人の外見は内面に大いに影響する。人間中身が重要と言うが、中身が伴っている人というのは、外見にも気が配れるものだと思う。外見で判らない部分というのもそれはもちろんあるのだけど、それでわからないだろと自分を自分で立てるという行為は傲慢で滑稽だと思う。
少し話しがよれた。つまるところ、そうなってしまっていたことは自分にとってどういう意味をなしていたか考えれば、それは全然マイナスなことなんかじゃなくて、寄せ付けないということは、寄りたくない人は寄ってこないということでもある。それっていうのはとても有意なことで、それで無駄が省ける。
もったいないという考え方もあるかもしれないけど、そう考えるのはナンセンスで、むしろ明るく誰にでも気前よく接していれるような八方美人になっては、疲れてしまって金魚の場合は身が持たない。
この頃になって特に、精神的疲労を身体が訴えかけてくるので(そういうので睡眠時間がのびることが多々ある)、なるべくならば、自分にとって意味のない、いや、こう書くと語弊が生じるだろうから言い直すと、相互関係としてしっかりと成り立たない関係以外の関係などなるべくないほうがいいくらいの考えに至っている。
こう言うと去年まで自分がやってきたことを全て否定する形になるのかもしれないけど、それはそれで構わないことだと思う。



そういえば、金魚には尊敬するべき師がいない。ただ思い返していないだけかもしれないけど。例えば中高のときに好きだった先生とか、まじで尊敬して、その人にその業界に入ってまで逢ってみたいとか。そういうのが全然。人の意見なんてのは様々あって、この人の発言だからすべてが納得できるというわけではない。了解と疑問は常に人間である以上は存在してしまう。
だので様々な人の考え方を見て回る。どのようなメディアであれ、参考になる意見というのは所々に広がっているものだ。それを拾い集めて自分なりに構築して意見にしていくのはとても楽しい。少なくともそれは直接的な意見の受け売りではなく、自分での構築という過程での経験が伴うから。
結局、どのような意見討論対談であっても、租借するのは自分であって、受け売りする安直なストックを得るために話を聞くのではなく、結果として自分にとって良い方向に繋げてこそだと思う。


だから、ここでここまで書いたことを何も意味のないように汲み取る人がでてくるかもしれないけど、金魚がここに書いたことなんかより、こんな考えの断片の中に、何か一つでも自分にとって有意なものがあればいい。
そんな希望的観測を元に、金魚は日々日記を綴るのである。




それではおやすみなさい

■絶望の朝

昨日は友人5名(?)ほどお泊まりで日記ができなかった。ちゅうか、する気が起こらなかった。そんなことより、眠い。
こうやって怠慢が積み重なるのはどうもよくない。それは判っているのだけど遊びたい気持ちも多々あって、こんな遊び惚けていても欲求が昇華されないので、一人の時は本を読んだり映像を見たり、無駄に食事をしたり。
そういうとき、やはり自分は人間であって、動物であることに気付く。理性的に生きようとして本能が優先する。課題などの場合は特別後回しになってしまうのは当然のことか。


そんなこんなで今日も2名様がお泊まりしている。


我が家のオープンさは異常だという声をよくいただく。去年まではそんなことみじんも感じなくて、現代の閉鎖的な関係を馬鹿にしていたりしたが、最近になってどうもそればかりではいけない気がしてきた。
閉めるところを閉めておかないと、変なものが漏れてしまう。特に、パソコンの中身などがいい例だろう。
かくいう私のパソコンの中もだいぶ変なものが詰まっているから下手に誰かに触らせてしまうと結構引くことになるのは容易に理解できる処。
緊縛のやり方を普通にIEのお気に入りに登録していたりそんなことくらいだけど、って、みる人によってはそれほどのことだけど、やっぱりそういうところは少し慎むべきことなのかもしれない。
つって、結局いつもどうぞご自由にお触りくださいとしてしまうのだけど・・・




今日(11日の朝というか昼)は12時30分に起きた。
普通に考えて、授業も遅刻の流れ。私の朝の準備は最低50分はかかるのだ。
本当ならば朝の内にしておきたいことが3つ4つあったがそれも放置した。
一昨日の晩に日記につけたことは珍しく結構こなせたのでやるべきことは少しくらい積んでも大丈夫だろうとその時は判断したのだけど、後になって考えてみればこの怠惰がいつも後悔に繋がっている。


そうやって課題を積んでしまったぶん、娯楽のほうを優先的に処理した。
一昨日まで半分ちょいしか読めていなかったスカイ・クロラはその日の勢いで全部読み切った。どうやら本を読むというのはその日のテンションに左右される部分が大きいようだ。
それが結構、今日も続いていて、授業中(他の人が面談している中)に2巻目のナ・バ・テアを80ページほど読んだ。
スカイ・クロラを読んでいても思ったのだけど、これらの本、たくさん縛られた紐がほどける感覚がもの凄く心地良い。ファンタジー(?)を読んでいるのに、何かミステリを読んでいるような感覚にふと襲われる。これも作者が森博嗣たるせいなのであろうか。そういう私は森博嗣のミステリは積みっぱなしで一冊も読んでいないのであまり信憑性のある発言ではないけど、とにかく、世界の描き方というものが、やはりこういう趣向が好きなのだなと自分で改めて納得する。
つまり、上遠野浩平のブギーポップの一冊目で書いてたような、
"物語の登場人物は、自分の役割の外側を知ることができないのだ。"
ということ。
だからこそ、主観的に主観に入り込める。そんな気がした。
それが気に入ったので、奨学金も入ったことなので、
"ナ・バ・テア"と"ダウン・ツ・ヘブン"
を買ってきた。
授業のほうは、適当に、そつなく何もしていない課題のことをさも模索していたかのように語っておいた。後で問題にならなければいい。


今日は授業を終えてからも学校にはいて、何かと作業をしていた。自分のことは今日も何一つ手をつけていないから、この穴をどこで埋めようか思索しなければいけない。課題からとえりあえず少しでも開放されたいと思うけれど、それ以上に考えないといけないこともある。
どうにしても、今がかなり面倒くさい時期にあることに変わりはない。




外が明るくなってきた。
どうもこういう朝の霧がかった空気は好きになれない。徹夜してしまったという後悔の念もあるし、子供時代、早起きをしなければならなかったラジオ体操とかのことを思い出す。
生活リズムなんてものは誰が決めたのだろうか。早寝早起きは体にいいとよくいうが、それはどこまで確かなのだろうか疑問に思う。
逆転的に発想して夜型の生活を+の方向に、ようは遅寝遅起きを肯定、よしとする方向で研究したら結果はどうなるのだろうか。
歴史がつくった文化というものを盲信して、良い悪いの分別がそこからつくられてしまうことがどうも納得がいかない。
先人がやったことは偉大かもしれない。だけど、それ以上に失敗というか、考え違いもしているはずだと思う。多くのことを考え、理屈を付けたってろくでもないことは結局ろくでもないんじゃないかな。




それではおやすみなさいそしておはようございます

■空中浮遊少女

昨日一昨日とバイト&来客でしたが今日は学校も午前中には終わり午後から割と久々の半日ひとりで家でなにかともがいています。
もがくと書いたのは本当にもがいていたからで、実のところ今日の二限終了時から体調が優れなかったのです。一人暮らしで不摂生な生活は続いていますのでこんなことは日常茶飯事になるのですができればこういう自体は避けて貰いたいと思う。まだ、病院にお世話にならないだけましというものなんですけどね。



少し時間を巻き戻して、朝、相変わらずの寝坊で平気で学校に遅れる覚悟をして少々ネットに老け込む。ネット環境がなければ確実に人並みには規則正しい生活というものができそうなものの結局やめられず数年経った。
日々更新される情報を得なくてもいいのに得なければいけないような欲求に駆られてしまうのは何故なのか。例えば誰かの日記だとかなんてものは毎日目を通す必要がないものばかりなのだけど、それでも日々の習慣のせいで切り離せない。面白いわけじゃないのだけど読んでしまうのは不思議なことだ。
もっと別のことに時間を当てれば確実に有効であることは重々理解しているのだけどどうでもいい日記のほうを優先してしまう。テスト勉強をしようと思ってマンガを読んでしまう感覚か。
お陰で今日の教育原理の出席カードは二回目のを貰った。



授業中は今回も全く先生の話をきかずスカイ・クロラ(まだ読み終わってない)を読み進めたり落書きをしたり空想したりして過ごした。来週はついにテストなのだけど、果たしてやり過ごせるのだろうか少し心配だけど、それより本の続きが気になるのだから仕方ない。後の苦よりも今の楽を選びたい。


特別、課題が進んでいるわけでもないのに、この本もまだ半分をちょっと過ぎたくらい。全然進まない。
本を読むのに慣れてないせいか、普通に読むのが遅いせいもあるけど、さあ今から本を読むぞという気分のときは大抵数分後にダウンしている。多くを読み進めているのは大概電車とかで、バイトの移動中に50ページほど読み進めることが続いてここまで行き着いた感じ。でも普段電車なんてバイトでもなければ乗ることもないのでそう考えると読み終わるまでにまだまだ時間がかかりそう。
でも、早く読まなければいけない気もあって、ていうか読まないと次に進めないし、世の中には本が蔓延しているので一冊の本にこんなに時間をかけてられない。どうにかいい方法はないのか・・・そうこう言ってる間に読めばいいのかもしれないが・・・



学校から帰って、少しご近所でドラマじゃないほうの映像課題に使えそうな道具を探してきた。
とはいえ、奨学金前で金が底を尽きかけているのであくまでサンプル程度の使用に留まる感じでインクなどを購入してくるも、これがものすごいハズレで一気に時間を無駄にした。勉強になったとポジティブに解釈したい処だけど、金が絡んでいるのなら話は別。へこまざるを得ない。なるべく無駄遣いは避けたいものだ。


そこらでさすがに限界が来てしばし睡眠。数時間経過して起きて現在。まったり音楽を聴きながらカタカタやってるのだけど、ちゅうか、こんなだらだらとしてばかりもいられない。課題を進めなきゃいけない。
本当に何もやってないようなもの。
本当に何が課題なのか把握もできていないもの。
それに、何も考えてないんだもの。
だから今から適当に次の眠気に襲われるまで課題の確認、リスト化と配布物の整理と明日の現代音楽論のテストに向けて少々の勉強と映像用の素材作成とできればmixiのトップとかブログとかをちょっといじりたい。
もちろん、体がそれだけもつことはまずあった試しがないのでこの中の一つでもこなせればいい。




それではまた

■裂空の訪問者

20070706022237.jpg


朝方、セブンイレブンに寄ったら海洋堂のボトルキャップミュージアムのポケモンのやつが出ていたので迷わず買ってみる。
海洋堂にめちゃくちゃはまってきたので今回はコンプを目指してみよう。
画像は授業中に描いたデオキシ子(アタックフォルム)。
時間があれば他の12種類もこんな感じに描いてみようと思う。なにしろHPの課題に張り出す画が足りないんだ。こういうので増やしていかないと・・・


それにしても、最近のボトルキャップはギャンブル性を嘆く親がいるとはいえ中身が全て判ってしまうのはどうかと思う。中身が判らないからこそ収集する楽しみが増えるのではないかと思うし、小中学生身分だったころはだぶったものの交換にも花が咲いたものだった。
私が生まれて間もない頃に、ビックリマンの17弾で素材の価値が親たちのクレームにより全て統一されたことの悲劇を思い出す。ヘッドシールは一箱に一枚あるかないかってのに美学があるんだろうが。そんな愚痴はまあいいとして・・・



あまり授業を真面目にうけはしないけど、だんだん前期の課題が出そろってきた感じ。このなにも消化していない状態で課題が積み重なっているプレッシャーというやつはどうも心地悪い。大学がめんどくさくなる一番の時間。

せめて一つづつでもこなそうと、放課後ちょっと暇になる時間があったので、HP制作を開始してみる。
とりあえずトップは完成。あとは中身。
なかなか時間がかかりそうだと思ったけどこれはなかなか早い段階で終われそうな気がしてきた。
実際問題、課題とかそういうのはやりはじめるまでが大変でやりはじめたら結構楽だったというものが多い。それがわかっているんだから早い内になるべく手をつければいいのだけどそれができないのは何故だろう。心理学的にこういう現象をなんというのだろう。気になる気になる。それでも怠けるなんて大罪を犯している現状にあるのは間違いないので気を抜かず頑張らなければなるまい。
今期もまた、自分の課題以外もきっとやらねばならないのだから・・・・・・ハァ。


それでもって今日から撮影を開始する予定が全然できていない。準備不足すぎてどこから手をつけようにも悩みよう。
人から時間を借りて撮影をしていくってことはどうにも難しいことだと感じる。最悪、後半でバイトを完全に休まないといけないけど休んだら夏休みが怖い・・・なんだかんだでお金は大事なのです。

天気は悪いが朝の目覚めは良い。
珍しく朝8時から仮面ライダー電王をリアルタイムで観る。日曜の朝はこれでなくてはと思うが、ゴルフでゲキレンジャーがやってないのはどうもいただけない。全く、けしからん。
ふと、この電王が平成ライダーにおけるCGの大実験ならば、来年のライダーはどうなるのだろう(やってれば)と考える。
だいたい、平成ライダーといえば、周期的にそういうことをやるから映像を学ぶ学生として見逃せない。これは、単に好きだからという理由を圧倒的に凌駕するだけの魅力がある。

20070702015545.jpg



それで、プリキュアは観ずにhtml、いや、Dreamweaverの授業のHP作成課題の大まかな見取りをたてる。
どうせ時間もないのだからたいしたものはつくらない。つくる気もない。
最低限のコンテンツさえあれば十分。
ちゅうわけで適当に発想する。
タイトルの水中幻想はとは予定しているHPの名前だ。
水槽のイメージだけでなんとかつくっていくつもり。
どんなHPにするかといえば、個人HPというに他ない。現時点ではその程度で十分と思うしそれ以上出来る気もしない。
ただ、後で改良の余地があることが今回の課題を課題としてだけでなく有効利用する上で重要だと思っている。課題も楽しめるように自分で仕組まなければね。


ある程度考えがまとまった処で今日は京都国際マンガミュージアムに行ってきた。
会場では7月8日まで海洋堂フィギアミュージアム展が行われている。海洋堂の造形技術に興味があるのであれば是非足をはこんでいただきたいものだが、フィギアを芸術と捉える素養がどれだけ日本で浸透しているか私には判断しかねる為絶対な補償はしない。すごいことは確かではあるが。
ネイチャーフィギアの出来にはただただ関心するばかり。
なるべく海洋堂の仕事には常に目を光らせていたいものだ。

んで、画像は会場入場者に配られる無彩色フィギアの3種のうちの一つ(これが当たった)、レッドドラゴンを会場の彩色スペースで必死こいて彩色したもの。
入れ替わりの激しい中、2時間程度夢中で塗り続ける。
しかし、画像をみて分かるとおり、これは完全にレッドドラゴンではない。自分の感性を信じて適当にかつ慎重に塗りたくった。
自由に色をつける子供たちを傍目に必死でまともな完成を目指して色を塗るお兄さん。これこそまさに大人げない・・・分かってるよ。



年に何度か、本気で造形をやってみたくなることがある。今日も今日でそれを思ってしまった。
どうにかお金に余裕をもってそういうことにも少し趣味程度にでも使える資金があればいいと思う。



話は変わって、
このごろずっと読み進めているあの黄色い本も半分くらいの地点にさしかかった。
けれども私はこれに対して一向に理解を示すことができずにいる。本当に自分の馬鹿さを呪ってしまう。
この本のタイトルを日記に載せてから、それを検索にかけて足跡を付けられたであろう人を何人か見かける(作者も含め)。
残念ながら、私にはまだこの本を評価したり語ることのできる能力はないようなのでここで謝っておく。
まあそれで理解できずとも、読破は絶対してやるつもりだ。
そういってもう7月になってしまった。
スカイ・クロラも40ページの時点から読み進めていない。
どうにか時間を割いて両者読んでしまわなければと思う。目標はまたも絶たれたことを残念に思わざるを得ない。




それではおやすみなさいまし。

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